同じ電話、もう鳴らない——鹿嶋市のAI市民対応に学ぶ中小企業の勝ち筋
茨城県鹿嶋市がClaudeと公式サイトの情報を組み合わせた市民対応チャットボットで年間約590時間の業務削減を見込んでいます。RAG方式の仕組みと、中小企業が同じ効果を得るための第一歩を解説します。
同じ電話が、もう鳴らない。
問い合わせ電話が、静かになる
茨城県鹿嶋市が、公式Webサイトの情報とAnthropic社の生成AI「Claude」を組み合わせた市民対応チャットボットを構築し、2026年4月からの本格運用を予定しています。運用開始後は、電話による問い合わせのうち定型的なものの多くをチャットボットが吸収し、年間で約590時間の業務削減につながると試算されています。
この590時間という数字は、フルタイム労働者の月間所定労働時間(おおよそ160時間)で割ると、担当者1人がまるまる3カ月分の勤務時間を電話対応から解放される計算になります(筆者試算)。しかも仮説段階の数字ではなく、実証実験(PoC)期間中に集めた実測データに基づく試算だという点が重要です。行政窓口の話に聞こえますが、電話・メール・チャットで同じような問い合わせを繰り返し受けている中小企業にとっても、他人事ではない数字です。(出典: ITmedia)
1日1000件の電話に押される現場
鹿嶋市がこの取り組みに踏み切った背景には、電話対応の重さという積年の課題があります。1件の問い合わせに数分から数十分を要するケースも珍しくなく、本番運用後も業務日換算で1日あたり約1000件規模の着信が見込まれていました。ただし、この1000件がすべてチャットボットに置き換わるわけではありません。定型的な質問をAIが引き受けることで、担当職員が本来の業務に充てるべき時間の削りを抑え、結果として年間約590時間の削減につながるという試算です。着信件数と削減時間は、あくまで別の指標として捉える必要があります。
鹿嶋市は2023年にDX・行政改革プランを策定し、業務の効率化を計画的に進める方針を掲げていました。そして2025年には、DX推進の支援業務についてセルフパラレル社と業務委託契約を締結し、外部の専門知見を取り入れる体制を整えています。つまり今回のチャットボットは、思いつきの実験ではなく、数年越しの計画と外部パートナーの伴走があって初めて実現したものです。中小企業がAI活用を始める際も、単発の導入ではなく「どこに向かうか」という計画と、それを支える伴走先の有無が成否を分けます。
公式サイト1万ページを『答え』に変える仕組み
技術的な核心は、RAG(検索拡張生成)と呼ばれる方式にあります。生成AIに何でも自由に答えさせるのではなく、公式サイトの約1万ページをクロールしてデータベース化し、そこから質問に関連する情報を検索して引用しながら回答を生成する仕組みです。回答生成にはClaudeのSonnetモデルが使われ、チャットボット自体の構築にはノーコードツールが用いられました。
この設計の意味は小さくありません。ゼロから知識を学習させる必要がなく、既存のWebページという「すでにある資産」をそのまま回答の裏付けにできるため、開発コストと運用の手間を抑えられます。加えて、回答の根拠が公式サイトの記述に紐づいているため、生成AI特有の不正確な回答(ハルシネーション)のリスクも抑制しやすくなります。中小企業に置き換えれば、自社サイトのFAQページや製品マニュアル、社内規定集がそのまま「答えの源」になり得るということです。特別なデータベースを新規に作らなくても、すでに書かれている文章を生かせる点が、RAG方式の本質的な強みです。
実証実験が示した数字の意味
実証実験(PoC)は約2カ月半にわたって実施され、期間中に集めたアンケートでは「役に立った」と回答した割合が83%に達しました。行政向けの問い合わせは、ごみの出し方や証明書の取得方法、施設の利用時間など、内容が定型化しやすいものが少なくありません。だからこそ、既存の公式ページを検索して答えるという仕組みと相性が良く、高い満足度につながったと考えられます。
年間約590時間の削減試算は、この定型的な問い合わせの多くが電話や窓口対応からチャットボットへと移る前提に立っています。つまり数字が大きいのは、AIが万能だからではなく、「同じ質問が繰り返し来ている業務」ほど自動化の効果が跳ね返ってくるという、ごく単純な因果関係の表れです。逆に言えば、問い合わせ内容が毎回バラバラで定型化しにくい業務では、同じ効果は期待しにくいということでもあります。
中小企業なら何から始めるか
鹿嶋市の事例が示す教訓は、「まず何を答えさせるか」を決める前に、「すでにある情報をどう答えの材料にするか」を考えるということです。自社サイトのFAQ、製品ページ、取扱説明書、社内マニュアルなど、既に文章として存在している資産を洗い出すことが最初の一歩になります。ゼロから知識ベースを作る必要はありません。
そのうえで、内製化するか外部委託するかの判断が次の課題になります。鹿嶋市が2025年に外部パートナーとの業務委託契約を結んだように、ノーコードツールと既製の生成AIモデルを組み合わせる方式は、大規模なシステム開発チームを抱えていない組織でも実証実験まで持ち込める規模感です。まずは自社の問い合わせ内容のうち「毎回同じ質問」がどれくらいの割合を占めているかを棚卸しし、そこに絞って小さく試すこと。鹿嶋市の実証実験で得られた約590時間という数字は、その小さな一歩が持つ手応えを具体的に教えてくれています。
参考リンク